2004年1月25日 (日)

CLAPV環境法実務研修を傍聴

2003年11月22〜28日にCLAPV(公害被害者法律援助センター)は北京にて環境法実務研修を実施した(2003年12月24日付け記事参照)。私は23日と24日の一部だけ傍聴した(研修の様子はこちら)。ここでは簡単に研修の概要と雑感を記しておきたい。なお、この研修については、CLAPVサイトの最新動態で写真付きで報告されているほか、法制日報(法務行政専門紙)、中国環境報(環境行政専門紙)、人民日報(中国共産党中央の機関紙)で報道されている。各記事についてはCLAPVサイトの媒体報道(メディア報道)を参照されたい(中国語)。

環境法実務研修コースは、CLAPVの重点活動のひとつとして2001年以来毎年行われ、今回は3回目にあたる。初回の対象者は弁護士(律師)だけであったが、2回目からは裁判官(法官)も加わっている。つまり、弁護士と裁判官がともに机を並べて研修を受けるという非常にユニークなコースとなっている。参加者数は第1回(2001年)は弁護士100名、第2回(2002年)は弁護士・裁判官各50名(計100名)、そして今回は弁護士・裁判官各40名(計80名)である。また第2回から研修参加費は無料となっている。これまで行われた3回の研修の概要についてはCLAPVサイトの律師網絡に掲載されており、そこから各コースに参加した弁護士のリストもダウンロードできるようになっている。

この研修コースの運営は主に海外からの資金援助とCLAPVのスタッフらのボランティアによっている。今回の研修コースは在中国オランダ大使館とアメリカのフォード財団の援助を得ている。また、前回に引き続き、今回の研修コースでも日本から2名の弁護士が北京に招かれ講師をつとめている。もともと今回の研修コースでは海外から講師を招聘する旅費をCLAPVは工面することができずあきらめていたところ、前回も講師をつとめられた村松弁護士の方から日中間の旅費ついて負担を申し出て実現したという経緯があったという。

研修参加者には「環境法律実務研修班教程資料集(第三期)」が配布された。これは、各講師の講義内容のほか、5件の環境訴訟事例(CLAPV支援3件、国家環境保護総局政策法規司別処長提供事例2件)と環境保護に関連する法律、法規、基準計21点が掲載されているという用意周到なものである。またそのほかに、2001年に北京で行われた日中国際ワークショップの中国語版論文集『環境糾紛処理的理論与実践』(王燦発 主編、中国政法大学出版社、2002年)も配布された。このワークショップについては私も事務局として協力させていただいたので、その成果がこうした形で現場の方々の教材として使われるのは大変うれしいことである。

まず、研修コースの開幕式で、主催・協力団体及び関係者からの挨拶があった。順に、CLAPVセンター長の王燦発教授、全国人民代表大会環境資源保護委員会法案室主任・中国政法大学客員教授の孫佑海博士、国家法官学院院長の鄭成良教授、中華全国律師協会副会長の付洋氏、国家環境保護総局政策法規司副司長の李恒運氏、そして中国政法大学民商経済法学院党書記の劉玉江氏(学長祝辞代読)である。そのあと、会場の外で恒例の記念撮影が行われ、続いてお昼までの間、国家環境保護総局政策法規司の李副司長の講義が行われた。

李副司長の講義テーマは「環境法の立法と執行」である。「資料集」では「環境保護は裁判官と弁護士の広範な参加が欠かせない」というタイトルでその講義要旨が掲載されている。このなかで、貴重な情報としては、法院(裁判所)が受理した環境保護関連事件の件数のデータであろう。李氏のこの論文によると、1998年から2001年末まで全国の法院が受理した環境保護に関する各種刑事・民事・行政事件は2万1015件で、毎年25.4%の勢いで増加しているという。そうしたなか、裁判官(法官)の役割が増大しているとし、とくに留意すべき特殊な法理として、挙証責任の転換、因果関係の推定、訴訟時効の延長があげられている。また、弁護士については、訴訟だけではなく、環境立法への参加も求められているという指摘は興味深い。地域・職能別に選ばれた3000人近い全国人民代表大会の代表(例えば全国人大新聞の代表委員名簿を参照)のうち、弁護士はたったの8名(うち香港特別行政区2名)であるという点を鋭く指摘する。そして、弁護士の立法への参加の可能性として、立法需要調査、法律法規起草への直接参加、法律法規草案の審議への参加、立法間の矛盾等問題点に対する指摘などがあげられている。これは環境保護に関する立法への参加についての新たな問題提起であり、今後の議論の推移に注目していきたい。

初日の午後は、日本の全国公害弁護士連合団連絡会議(公害弁連)から2名の弁護士が講壇に立った。一人は、西淀川公害裁判を闘ってきた村松昭夫弁護士であり、もう一人は東京大気汚染公害裁判の弁護をつとめている小林容子弁護士である。東京大気汚染公害裁判は2002年10月に第一次訴訟の判決が出ているが、2003年5月の時点で第5次提訴にまで拡大し、原告延べ593名の規模となっている。二人の講義要旨はすべて事前に中国語に訳されて、上記で紹介した資料集に収められている。また、Web上に入手可能な関連記事としては、さしあたり、西淀川公害裁判については、あおぞら財団のホームページにある「日本の大気汚染の歴史」を、東京大気汚染公害裁判については、公弁連ニュース137号に小林弁護士自身が書かれた記事「東京大気汚染公害裁判−判決後の動き」などを参照されたい。なお、逐次通訳は2001年に北京で環境紛争処理日中国際ワークショップを行った際の名通訳である付二林氏がつとめた。付氏は現在、国家専家局に異動してそこで科学技術関連の通訳として活躍されている。

日本の両弁護士による公害裁判過程についての講義は参加者から大きな反響があった。フロアーからの質問としては、政府の責任から、公害裁判に取り組む弁護士の収入に関するものまで実に多様で、すべての質問に答えていくには時間が到底足りないという状況であった。また、直接講義内容とは関係なく、黒竜江省で起きた旧日本軍の遺棄兵器による中国人被害者の日本政府に対する訴訟へのコメントなどを求める一幕もあった。講義終了後も個別に両弁護士を取り囲む研修生がたえず、中には、「日本の公害裁判の判決全文はどのようにしたら中国語で手に入るか」と聞く裁判官もいた。このように、日本の公害裁判の経験については中国の現場で活躍する裁判官や弁護士にとって非常に興味深い資料となり得ることから、この分野における日中交流のよりいっそうの促進が望まれるところである。

二日目は他用により一部のみの傍聴となった。午前はCLAPVセンター長の王教授の講義が行われた模様である。午後は国家環境保護総局政策法規司の別湊処長の講義である。別処長は2001年の日中国際ワークショップでも冒頭で挨拶を行っている。ところが別処長は講義途中で職場から急用のため呼び戻され、急遽王センター長があとを次ぐことになった。あとで許副センター長から聞いたところによると、研修参加者から別処長の再登板を強く望む声があり、夜に改めて補講をお願いしたとのことである。

今回、私が研修コースへ参加したのはたった1日余りであった。その後の様子について許副センター長から聞いた話によると、国内の行政・司法・大学関係の各専門家による講義だけでなく、具体的な環境訴訟事件を取り上げての研修生によるグループ討論も行われ、非常に熱気のこもった研修となったとのことである。王センター長は以前私に、全国で起きている公害・環境紛争に対するCLAPVの役割を強化することはもちろん大切であるが、すべてセンターのスタッフと一部の弁護士のボランティアだけで対応することは無理である、だから、こうした研修コースを通して全国で環境訴訟の担い手を育てていくことが重要であるという旨を強調していた。そうして実際に、CLAPVが支援する訴訟事件で、研修生が弁護士をつとめたり、調査を請け負ったりというケースも現れているようである。現在中国では環境汚染や公害による被害者に対する民間支援は、個別のケースへの対応はあったとしても、CLAPVのような組織的な活動は寡聞にして知らない。そのなかでCLAPVは、公害被害救済の支援ネットワーキングを広げ、そのネットワーキングのまさに「センター」となろうとしているのであろう。

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